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年表

天心聖教の歩みをご紹介しております。

神様ご降臨 1882年~1892年

1882年 明治15年

天心聖教の
出来事
  • 2月14日
  • 開祖の兄・平吉、父・島田亀次郎、母・みよの間に長男として誕生

1892年 明治25年

天心聖教の
出来事
  • 平吉10歳の時、神様御降臨
  • 平吉、小学校への通学を拒否するなど、次々に奇行を重ねる
  • 平吉、神様に連れられて静岡県、栃木県、中国などの深山へ行き、珍しい土産物(クリスタルグラス、硯など)を持ち帰る
  • 平吉の周りに不思議な出来事が続く(かまどの鍋が欅の大木の上に吊るされる。逃げた馬が元の位置に帰る。平吉が下駄ばきで利根川を渡るなど)
  • 平吉、老人の眼病を治し大評判になる。以後眼病患者が続々と平吉のもとへ集まる
  • 平吉を通して神様が字を書かれ、一時的な御帰天と御再臨を予言される(『古誰論芳槿一朝新 百年同謝無不庚待人』の掛け軸現存)

初代様誕生から小僧時代 1895年~1917年

1895年 明治28年

天心聖教の
出来事
  • 1月
  • 平吉、開祖出生を予言

1896年 明治29年

天心聖教の
出来事
  • 2月11日
  • 開祖誕生。神様が名付け親となり『晴一』と命名される
  • 開祖が生まれてまもなく、『我、当分この地を去る故、我の去った後は、母に明神様へお参りして信仰を続けよと、申し伝えよ』との御言葉を平吉に残して、神様御帰天
  • 開祖の母・みよ、神様の御言葉に従い、その後40年間にわたり毎夜明神様へ丑の刻参りを続ける

1899年 明治32年

天心聖教の
出来事
  • 開祖、幼少時代、近所の人達より「あの子は普通の子と全然違ったところがある」と噂される

1909年 明治42年

天心聖教の
出来事
  • 2月
  • 開祖、東京深川佐賀町の斎藤商店へ小僧に出される(開祖13歳)

1910年 明治43年

天心聖教の
出来事
  • 開祖、斎藤商店主人から金銭についての心得を諭される(『五銭のおつり』の諭し、開祖14歳)

1913年 大正2年

天心聖教の
出来事
  • 1月
  • 開祖、斎藤商店の得意先回りを任される(開祖17歳)
  • 開祖の相場に対する見込みがよく当たり、得意先から引っ張りだこになる

1916年 大正5年

天心聖教の
出来事
  • 開祖、麻布歩兵第三連隊へ入隊(開祖20歳)

1917年 大正6年

天心聖教の
出来事
  • 4月
  • 開祖、皇太子殿下(昭和天皇)連隊御視察の際、殿下の前で兵士としての心得を申し述べる(開祖21歳)
  • 開祖、「軍隊の空気に合わぬ」という理由で現役除隊となる

雑穀界での活躍と貧乏時代 1917年~1935年

1917年 大正6年

天心聖教の
出来事
  • 開祖、除隊後は斎藤商店に戻らず、外米とフスマの仲買を始める

1919年 大正8年

天心聖教の
出来事
  • 開祖、深川佐賀町に店舗を構え大繁盛し、「成金党の旗頭」と世間から言われる(開祖23歳)

1920年 大正9年

天心聖教の
出来事
  • 3月
  • 開祖、物価大暴落で大損害を受け、以後苦しい時代が続く

1923年 大正12年

天心聖教の
出来事
  • 9月1日
  • 開祖、関東大震災で大被害を被り、元も子もなくなる(開祖27歳)

1932年 昭和7年

天心聖教の
出来事
  • 開祖、貧乏生活が続き、家を売って借家住まいとなる
  • 開祖に『徹底的に身を落とせ』との御神示
  • 開祖、ジャンパー姿で佐賀町の米雑穀肥料界でブローカーとして働く

1935年 昭和10年

天心聖教の
出来事
  • 1月
  • 開祖、苦しさのあまり自殺を神様に訴える

神様ご再臨 1935年

1935年 昭和10年

天心聖教の
出来事
  • 1月18日
  • 夕刻、神様御再臨。同業者の佐藤安孝を通し大豆相場の動向を予言。さらに『汝らに財宝を授けつかわすが故、晴一の生まれた2月11日には必ず祭り事をせよ』との御神示下る(開祖38歳)
  • 菊地卯之助、神様の御存在を知り、御神示通りに大豆を買うことを勧める
  • 2月1日
  • 大豆が20銭高の大暴騰。開祖、御神示の通り、3月には大金を手にする
  • 2月11日
  • 開祖の自宅の2階に御神前を造り、初めて集いを行う
  • 4月
  • 湯河原での同業者の集会で、佐藤安孝が再び神憑りになり、『汝はなぜ信仰する気になれぬか』と言って暴れる。神様によって開祖が信仰に強く導かれる
  • 11月11日
  • 定会中に佐藤安孝を通して『暗闇にて字を読ませてつかわす』との御神示。御神示通り、開祖、暗闇で文字を読む

戦争時代 1936年~1948年

1936年 昭和11年

天心聖教の
出来事
  • 2月11日
  • 松村光庸、初めて例祭に連れて来られ信仰仲間となるが、お籠り中に神憑りとなり、『近いうちに戦争が始まる。始まれば敵の飛行機が飛んで来て、東京は焦土と化す。晴一、汝は今のうちに避難先の家を建てて用意せよ』との御神示を伝える。松村光庸、その後発狂状態となるが、開祖が郷里大越に家を建てる契約を結ぶと直ちに治る

1937年 昭和12年

天心聖教の
出来事
  • 開祖、修行の山籠りで神様と出会い、「護符」を授けられる
  • 開祖たち、古峰ヶ原で道に迷うが神様に導かれ助かる

1939年 昭和14年

天心聖教の
出来事
  • 開祖、雑穀業界の理事長として、物価統制令違反問題で活躍

1941年 昭和16年

天心聖教の
出来事
  • 開祖、物価統制令違反問題が一段落したので雑穀業界の理事長を辞任。その後1年以上保養生活を送る

1942年 昭和17年

天心聖教の
出来事
  • 6月
  • 開祖、依頼を受け繊維業界に入る。組合設立問題で活躍

1945年 昭和20年

天心聖教の
出来事
  • 3月10日
  • 開祖、東京空襲で焼け出され、家族と共に郷里大越に建てた家に疎開

1947年 昭和22年

天心聖教の
出来事
  • 9月15日
  • キャスリン台風で利根川土手が決壊するが、大越の島田家付近だけが洪水禍を免れる

1948年 昭和23年

天心聖教の
出来事
  • 開祖、大越より駕籠町(現在の文京区本駒込)に移築開始。建築に際し坪数違反問題が起こるが、「違反建築許可令」が出て解決

開教と旧殿堂時代 1949年~1955年

1949年 昭和24年

天心聖教の
出来事
  • 9月14日
  • 開祖、駕籠町の新居に移転。客間に御神殿を造る。戦前の信仰仲間も訪ねてくる
  • 10月
  • 信仰仲間、戦後の初顔合わせ。戦後の定会の始まり
  • 12月15日
  • 病身の三部平三郎、山形より上京。御神前の間に休んだところ病気が治る

1950年 昭和25年

天心聖教の
出来事
  • 12月27日
  • 元公爵・一條実孝、元子爵・三室戸敬光(ゆきみつ)を連れて開祖を時折訪ねるようになる
  • 開祖、二人の精神障害者をわずか6日間で治す。このことが評判となり、毎月11日の定会に大勢集まるようになる

1951年 昭和26年

天心聖教の
出来事
  • 1月
  • 『晴一! 汝、身命をかけて宗教改革に当たり、宗教及び人生に新生命を与えよ。我が守護してつかわす』との御神示下る。開祖(55歳)、宗教家としての道を進む決意を固める
  • 1月11日
  • 開祖、宗教の説き方を神様に願い、『心配無用』との御神示を賜る。これにより神様と開祖との間に堅固な契約が結ばれる
  • 1月13日
  • 三部平三郎、菊地卯之助立ち会いのもと、開祖への協力を命懸けで誓う
  • 1月15日
  • 望月藤吉、開祖を訪ねて来る。その後訪問を重ねた後、入信し開祖の弟子となる
  • 8月21日
  • 機関誌「喜びの人生」創刊
  • 12月
  • 開祖、1年間の約束で宗教家として専念する。経営していた会社を社員に任せる

1955年 昭和30年

天心聖教の
出来事
  • 5月15日
  • 初の青年部例祭。青年部発足

旧聖堂時代 1959年~2001年

1959年 昭和34年

天心聖教の
出来事
  • 3月
  • 新殿堂(旧聖堂)建設を竹中工務店に発注
  • 11月16日
  • 婦人部発足

1960年 昭和35年

天心聖教の
出来事
  • 5月10日
  • 新殿堂(旧聖堂)竣工落慶

1961年 昭和36年

天心聖教の
出来事
  • 6月
  • 開祖、難病治療の御神法を授かる

1963年 昭和38年

天心聖教の
出来事
  • 10月17日
  • 開祖、大阪有恒倶楽部にて講演(大阪野村ビル大講堂)

1964年 昭和39年

天心聖教の
出来事
  • 8月15日
  • 第1回青年部全国大会開催「我等は一つ東京大会」(本部聖堂にて)

1966年 昭和41年

天心聖教の
出来事
  • 5月11日
  • 第1回婦人部全国大会開催(本部聖堂にて)

1967年 昭和42年

天心聖教の
出来事
  • 10月2日
  • やまとむら診療所(現・天心診療所)新設、診療開始

1971年 昭和46年

天心聖教の
出来事
  • 5月4日
  • 開教20周年記念祝賀大会(大手町サンケイホール)

1975年 昭和50年

天心聖教の
出来事
  • 1月7日
  • 開祖、NETテレビ(現・テレビ朝日)「奈良和モーニングショウ」に出演、日本全国に大反響を呼ぶ
  • 9月27日
  • 聖地大越遺跡保存工事完成

1976年 昭和51年

天心聖教の
出来事
  • 4月11日
  • 第二世教主として島田晴行が就位
  • 5月8日
  • 開教25周年記念祝賀式典(日本武道館)

1977年 昭和52年

天心聖教の
出来事
  • 2月11日
  • 本部聖堂別館落慶
  • 2月12日
  • 映画「由来」、完成記念上映会(九段会館)

1981年 昭和56年

天心聖教の
出来事
  • 8月1日
  • 本部聖堂指導館落慶

1983年 昭和58年

天心聖教の
出来事
  • 2月11日
  • 開祖米寿祝賀会開催(ホテルオークラ)

1985年 昭和60年

天心聖教の
出来事
  • 5月3日
  • 開祖、89歳の天寿を全うし、逝去

1990年 平成2年

天心聖教の
出来事
  • 2月11日
  • 「入門の大祭」開催(幕張メッセ)

1991年 平成3年

天心聖教の
出来事
  • 5月11日
  • 「開教40周年記念大祭」開催(幕張メッセ)

1993年 平成5年

天心聖教の
出来事
  • 1月10日
  • 天心学堂開堂

1996年 平成8年

天心聖教の
出来事
  • 2月11日
  • 「初代様ご生誕百年・開教45周年記念大祭」開催(幕張メッセ)

1998年 平成10年

天心聖教の
出来事
  • 1月18日
  • 御降臨祭開催

2001年 平成13年

天心聖教の
出来事
  • 4月11日
  • 第三世教主として島田幸一郎が就位
  • 5月12日
  • 開教50周年記念式典が開催される(東京国際フォーラム)

新聖堂時代 2006年

2006年 平成18年

天心聖教の
出来事
  • 2月11日
  • 新本部聖堂竣工開堂
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年表

天心聖教の歩みをご紹介しております。

神様ご降臨

西暦/年号 天心聖教の出来事
1882年
明治15年
2月14日
  • 開祖の兄・平吉、父・島田亀次郎、母・みよの間に長男として誕生
1892年
明治25年
平吉10歳の時、神様御降臨
  • 平吉、小学校への通学を拒否するなど、次々に奇行を重ねる
  • 平吉、神様に連れられて静岡県、栃木県、中国などの深山へ行き、珍しい土産物(クリスタルグラス、硯など)を持ち帰る
  • 平吉の周りに不思議な出来事が続く(かまどの鍋が欅の大木の上に吊るされる。逃げた馬が元の位置に帰る。平吉が下駄ばきで利根川を渡るなど)
  • 平吉、老人の眼病を治し大評判になる。以後眼病患者が続々と平吉のもとへ集まる
  • 平吉を通して神様が字を書かれ、一時的な御帰天と御再臨を予言される(『古誰論芳槿一朝新 百年同謝無不庚待人』の掛け軸現存)
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初代様誕生から小僧時代

西暦/年号 天心聖教の出来事
1895年
明治28年
1月
  • 平吉、開祖出生を予言
1896年
明治29年
2月11日
  • 開祖誕生。神様が名付け親となり『晴一』と命名される
  • 開祖が生まれてまもなく、『我、当分この地を去る故、我の去った後は、母に明神様へお参りして信仰を続けよと、申し伝えよ』との御言葉を平吉に残して、神様御帰天
  • 開祖の母・みよ、神様の御言葉に従い、その後40年間にわたり毎夜明神様へ丑の刻参りを続ける
1899年
明治32年
  • 開祖、幼少時代、近所の人達より「あの子は普通の子と全然違ったところがある」と噂される
1909年
明治42年
2月
  • 開祖、東京深川佐賀町の斎藤商店へ小僧に出される(開祖13歳)
1910年
明治43年
  • 開祖、斎藤商店主人から金銭についての心得を諭される(『五銭のおつり』の諭し、開祖14歳)
1913年
大正2年
1月
  • 開祖、斎藤商店の得意先回りを任される(開祖17歳)
  • 開祖の相場に対する見込みがよく当たり、得意先から引っ張りだこになる
1916年
大正5年
  • 開祖、麻布歩兵第三連隊へ入隊(開祖20歳)
1917年
大正6年
    4月
  • 開祖、皇太子殿下(昭和天皇)連隊御視察の際、殿下の前で兵士としての心得を申し述べる(開祖21歳)
  • 開祖、「軍隊の空気に合わぬ」という理由で現役除隊となる
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雑穀界での活躍と貧乏時代

西暦/年号 天心聖教の出来事
1917年
大正6年
  • 開祖、除隊後は斎藤商店に戻らず、外米とフスマの仲買を始める
1919年
大正8年
  • 開祖、深川佐賀町に店舗を構え大繁盛し、「成金党の旗頭」と世間から言われる(開祖23歳)
1920年
大正9年
3月
  • 開祖、物価大暴落で大損害を受け、以後苦しい時代が続く
1923年
大正12年
9月1日
  • 開祖、関東大震災で大被害を被り、元も子もなくなる(開祖27歳)
1932年
昭和7年
  • 開祖、貧乏生活が続き、家を売って借家住まいとなる
  • 開祖に『徹底的に身を落とせ』との御神示
  • 開祖、ジャンパー姿で佐賀町の米雑穀肥料界でブローカーとして働く
1935年
昭和10年
1月
  • 開祖、苦しさのあまり自殺を神様に訴える
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神様ご再臨

西暦/年号 天心聖教の出来事
1935年
昭和10年
1月18日
  • 夕刻、神様御再臨。同業者の佐藤安孝を通し大豆相場の動向を予言。さらに『汝らに財宝を授けつかわすが故、晴一の生まれた2月11日には必ず祭り事をせよ』との御神示下る(開祖38歳)
  • 菊地卯之助、神様の御存在を知り、御神示通りに大豆を買うことを勧める
2月1日
  • 大豆が20銭高の大暴騰。開祖、御神示の通り、3月には大金を手にする
2月11日
  • 開祖の自宅の2階に御神前を造り、初めて集いを行う
4月
  • 湯河原での同業者の集会で、佐藤安孝が再び神憑りになり、『汝はなぜ信仰する気になれぬか』と言って暴れる。神様によって開祖が信仰に強く導かれる
11月11日
  • 定会中に佐藤安孝を通して『暗闇にて字を読ませてつかわす』との御神示。御神示通り、開祖、暗闇で文字を読む
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戦争時代

西暦/年号 天心聖教の出来事
1936年
昭和11年
2月11日
  • 松村光庸、初めて例祭に連れて来られ信仰仲間となるが、お籠り中に神憑りとなり、『近いうちに戦争が始まる。始まれば敵の飛行機が飛んで来て、東京は焦土と化す。晴一、汝は今のうちに避難先の家を建てて用意せよ』との御神示を伝える。松村光庸、その後発狂状態となるが、開祖が郷里大越に家を建てる契約を結ぶと直ちに治る
1937年
昭和12年
  • 開祖、修行の山籠りで神様と出会い、「護符」を授けられる
  • 開祖たち、古峰ヶ原で道に迷うが神様に導かれ助かる
1939年
昭和14年
  • 開祖、雑穀業界の理事長として、物価統制令違反問題で活躍
1941年
昭和16年
  • 開祖、物価統制令違反問題が一段落したので雑穀業界の理事長を辞任。その後1年以上保養生活を送る
1942年
昭和17年
6月
  • 開祖、依頼を受け繊維業界に入る。組合設立問題で活躍
1945年
昭和20年
3月10日
  • 開祖、東京空襲で焼け出され、家族と共に郷里大越に建てた家に疎開
1947年
昭和22年
9月15日
  • キャスリン台風で利根川土手が決壊するが、大越の島田家付近だけが洪水禍を免れる
1948年
昭和23年
  • 開祖、大越より駕籠町(現在の文京区本駒込)に移築開始。建築に際し坪数違反問題が起こるが、「違反建築許可令」が出て解決
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開教と旧殿堂時代

西暦/年号 天心聖教の出来事
1949年
昭和24年
9月14日
  • 開祖、駕籠町の新居に移転。客間に御神殿を造る。戦前の信仰仲間も訪ねてくる
10月
  • 信仰仲間、戦後の初顔合わせ。戦後の定会の始まり
12月15日
  • 病身の三部平三郎、山形より上京。御神前の間に休んだところ病気が治る
1950年
昭和25年
12月27日
  • 元公爵・一條実孝、元子爵・三室戸敬光(ゆきみつ)を連れて開祖を時折訪ねるようになる
  • 開祖、二人の精神障害者をわずか6日間で治す。このことが評判となり、毎月11日の定会に大勢集まるようになる
1951年
昭和26年
1月
  • 『晴一! 汝、身命をかけて宗教改革に当たり、宗教及び人生に新生命を与えよ。我が守護してつかわす』との御神示下る。開祖(55歳)、宗教家としての道を進む決意を固める
1月11日
  • 開祖、宗教の説き方を神様に願い、『心配無用』との御神示を賜る。これにより神様と開祖との間に堅固な契約が結ばれる
1月13日
  • 三部平三郎、菊地卯之助立ち会いのもと、開祖への協力を命懸けで誓う
1月15日
  • 望月藤吉、開祖を訪ねて来る。その後訪問を重ねた後、入信し開祖の弟子となる
8月21日
  • 機関誌「喜びの人生」創刊
12月
  • 開祖、1年間の約束で宗教家として専念する。経営していた会社を社員に任せる
1955年
昭和30年
5月15日
  • 初の青年部例祭。青年部発足
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旧殿堂時代

西暦/年号 天心聖教の出来事
1959年
昭和34年
    3月
    • 新殿堂(旧聖堂)建設を竹中工務店に発注
    11月16日
    • 婦人部発足
1960年
昭和35年
5月10日
  • 新殿堂(旧聖堂)竣工落慶
1961年
昭和36年
6月
  • 開祖、難病治療の御神法を授かる
1963年
昭和38年
10月17日
  • 開祖、大阪有恒倶楽部にて講演(大阪野村ビル大講堂)
1964年
昭和39年
8月15日
  • 第1回青年部全国大会開催「我等は一つ東京大会」(本部聖堂にて)
1966年
昭和41年
5月11日
  • 第1回婦人部全国大会開催(本部聖堂にて)
1967年
昭和42年
10月2日
  • やまとむら診療所(現・天心診療所)新設、診療開始
1971年
昭和46年
5月4日
  • 開教20周年記念祝賀大会(大手町サンケイホール)
1975年
昭和50年
1月7日
  • 開祖、NETテレビ(現・テレビ朝日)「奈良和モーニングショウ」に出演、日本全国に大反響を呼ぶ
9月27日
  • 聖地大越遺跡保存工事完成
1976年
昭和51年
4月11日
  • 第二世教主として島田晴行が就位
5月8日
  • 開教25周年記念祝賀式典(日本武道館)
1977年
昭和52年
2月11日
  • 本部聖堂別館落慶
2月12日
  • 映画「由来」、完成記念上映会(九段会館)
1981年
昭和56年
8月1日
  • 本部聖堂指導館落慶
1983年
昭和58年
2月11日
  • 開祖米寿祝賀会開催(ホテルオークラ)
1985年
昭和60年
5月3日
  • 開祖、89歳の天寿を全うし、逝去
1990年
平成2年
2月11日
  • 「入門の大祭」開催(幕張メッセ)
1991年
平成3年
5月11日
  • 「開教40周年記念大祭」開催(幕張メッセ)
1993年
平成5年
1月10日
  • 天心学堂開堂
1996年
平成8年
2月11日
  • 「初代様ご生誕百年・開教45周年記念大祭」開催(幕張メッセ)
1998年
平成10年
1月18日
  • 御降臨祭開催
2001年
平成13年
4月11日
  • 第三世教主として島田幸一郎が就位
5月12日
  • 開教50周年記念式典が開催される(東京国際フォーラム)
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新聖堂時代

西暦/年号 天心聖教の出来事
2006年
平成18年
2月11日
  • 新本部聖堂竣工開堂
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